26歳で留学して、初めて親元を離れましたよ

Jinです。外資系大手製薬企業を辞めてカリフォルニアに留学中。留学に来るまでも来てからも大変です。嫁がいます NBAと背筋を生きがいにします

留学に来るまでの道のり・・1

決断

アメリカへの準備を本格的に始めたのが2016年01月ごろ。。

いつ行くかというのを決めないで、なあなあと過ごしてました。

 

ですが、会社の仕事も慣れてはきたが面白くもないし、お金もある程度貯まってきたし、もう行けるな!よし来年にしようと決断しました。

 

 

 

留学に問題なのは、お金と学力ですよね。

お金は一応クリアしていたので(大企業様様です)、問題は学力。

大学受験をしたくなくて、部活のことばかり考えて工業高校に通っていた僕には、英語なんて勉強する機会はテスト期間中くらいでした。

 

そのおかげで入社した時に受けたTOEICのスコアは209点!笑

一応言い訳しますが、最初の問題でわからないことが判明したので、先に適当にマークして寝てました。

やっぱり確率って安定してますね、ちゃんと1/4くらいになってますね。

 

 

 

そんな状態から、約8か月で最低限カレッジ合格を出来るまで成長しましたよ。

だから多分誰でも行けますよ

 

 

 

 

勉強してたけど・・

2015年の夏くらいから、一応英語の勉強はしてました。

「少しくらい会話できないとね。ちゃんと考えてるな俺!」とか思ってました。

やってたことといえばNHKラジオを半年くらい聞いてたり(と言っても中学生の範囲)、TOEICの文法問題やっていました。

といっても平日の通勤時間にラジオ聞いて、気が向いたら家で文法やって、と全く計画性なしでした。

朝の通勤時間は時間に追われてますからね!運転に夢中です

 

多分平均すると1日30分いかないくらい。

休みの日は遊んでました。

 

 

 

 

 

アメリカで何しよう?

正直最初はアメリカ行って、適当に暮らせればいいと思っていたんです。

だって日本の大学生みたいに4年も遊ばないんだから、英語話せるだけでも十分でしょ!って。

でも奴らは一応大卒という肩書を手に入れるんですよね。

せっかくおこぼれで入れたいい会社辞めて、ただアメリカ行くだけで帰ってきてから生活できるんか?って少し思ったわけです。

 

で嫁(当時は彼女)に相談。

「甘いこと言ってないでカレッジくらい行きなさい。ただ生活してても英語なんて話せるようにならないよ」

と一喝を受けました。

確かに何も目標ないより、いいよなー。しかも短大ならすぐ入れそうって思いました

 

 

そして志望する短大のリストを挙げて、TOEFL(IBT)という入学に必要な英語のテストの合格ラインを確認すると、、、

45/120点!!

えっ??4割でいいの?やっぱり短大はいいね。

なんなら60点ぐらい取っちゃうよー!!!

 

 

という気持ちになり、楽勝ムードで勉強を始めたのでした。

ご紹介

LAに在住のJinです。

日々の事や、留学のあれこれ、NBAの事なんかを書いていきます。

 

 

 

 

 

留学のきっかけ

幼いころからバスケにはまり、NBAを見始めました。

NBA選手になることを夢見ていましたが、中学生の時に大会で全く成績を残せなかったために、薄々無理だなと気づく。。

今度は日本でプロになれればと思っていたが、高校でも成績を残せずそのまま就職。

 

外資系大手製薬企業に勤めていたが、アメリカに行きたい!NBA見たい!

大学行ってない分だけでも好きなことしたい!!と思う。しかしすぐに行動せず。

 

23の時に嫁に出会い、彼女がアメリカに行った事があることをきっかけに、本格的に意識しだす。

かなり勇気がいる決断だったが、「やりたいことしなよ」という嫁の一言で、アメリカ行きを決断。

2017年1月~カレッジ留学中。

 

 

 

こんな感じで人生生きてきました。

自分で言うのもなんですが、かなり運はいい方でなんとなく決めた決断でもそれなりに人生上手くいっています。

が、これからは所帯も持ったし、やりたいことやってるし、それなりに本気出します。

でも適度にリラックス。

 

 

 

アメリカ行きを決めてからは

なんやかんやで大学を決定し、、、(短大ですが)

なんやかんやでTOEFLをクリアし、、、(ギリギリですが)

なんやかんやでビザをゲットし、、、(1回落ちましたが)

無事に留学しています。

 

 

 

こう思い出してみると、色々とあって本当に大変だったなと思います。

実際のところ初めての部分も多々ありましたし、事情も普通の留学とは違ったりしていたので当然のことかなとは思います。

今となってはいい思い出ね!( ´∀` )

 

 

 

こんな感じでも生きていけるよーと、好きなことできるよーと伝えていければと思います。